白百合学園幼稚園

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学園概要

学園概要

本学園の目的

本学園は幼稚園から大学にいたるまで一貫して、キリスト教的精神に根ざした価値観を養い、神と人の前に誠実に歩み、愛の心で社会に奉仕できる女性を育成することを目的としています。

沿革

1878年(明治11年) 5月28日、3人のフランス人修道女来日、函館に修道院創立。聖パウロ修道女会日本管区本部がおかれ、教育および社会事業を開始
1881年(明治14年) 東京神田猿楽町に修道院・学校を新設
1884年(明治17年) 校名を女子仏学校とする
1904年(明治37年) 幼稚園開設
1910年(明治43年) 高等女学校として許可を受け、校名を仏英和高等女学校と改める。3月仏英和高等女学校附属小学校、幼稚園正式許可
1913年(大正2年) 大火により施設全焼
1923年(大正12年) 9月 関東大震災により再度全焼
1927年(昭和2年) 九段現敷地に移転、新校舎落成
1935年(昭和10年) 校名を白百合高等女学校と改める
1945年(昭和20年) 5月 空襲により全施設焼失、直ちに復興に着手
1977年(昭和52年) 11月 幼稚園新園舎落成
1982年(昭和57年) 7月 学園講堂・小学校校舎落成 創立100周年記念式典挙行
2001年(平成13年) 学校創立120周年記念式典挙行
2004年(平成16年) 幼稚園創立100年
2006年(平成18年) 学校創立125周年 幼稚園第100回卒園式挙行
2007年(平成19年) 創立125周年記念式典挙行

神田猿楽町の校舎神田猿楽町の校舎

赤レンガの新校舎竣工赤レンガの新校舎竣工

九段に移転した校舎九段に移転した校舎

現在の白百合学園現在の白百合学園

保育目標

学園の教育目的に基づき、幼児にふさわしい生活環境を与え、その中でモンテッソーリ教育法による保育を行い、宗教性、知性、情操を養い、その人間形成のための生活習慣を確立させるとともに、ひとりひとりのもっている可能性を円満に伸ばすことに重点をおきます。

本学園のモットー

園長メッセージ

 聖書の中には、イエスと幼児について次のような記事が書かれています。

「人々が幼子を連れて来て、イエスに手を触れていただこうとした。ところが、弟子たちはその人々をたしなめた。イエスはこれを見て憤り、弟子たちに仰せになった。

『そのままにしておけ。幼子たちがわたしのもとに来るのを止めてはいけない。神の国は、このような人たちのものだからである。あなたたちによく言っておく。幼子のように神の国を受け入れる者でなければ、けっしてそこに入ることはできない』そして、イエスは幼子たちを抱き、彼らの上に両手を置いて祝福された。」(マルコ10.13~16)

 当時のユダヤの社会では、子どもと女性は人口調査の数にも入れられないほど人格的に認められていませんでした。しかし、イエスは子どもの素晴らしさを誰よりもよくご存じでしたので、彼らを愛し、尊重し、祝福なさいました。そればかりか、ご自身この世においでになる方法として赤子の姿をとり、すべての人間と同じく幼児期を経てご成長なさったのです。実にイエス・キリストこそ、幼児教育の創始者といえるでしょう。

 私たちの幼稚園は、ここに幼児教育の原点を見い出し、キリストの精神にならい、人格的愛情を傾けて、幼児とともに生きて100年の年輪をきざみました。

 これもひとえに幾多の困難を乗り越えた先輩の修道女の方々、そして諸先生方、卒園生とその保護者の皆さま、園のためにいろいろな形でご協力くださったたくさんの関係各位の皆々さまのお陰と、心から感謝申し上げます。

 戦争というあの激動の時期に、フランスが発祥地であるシャルトル聖パウロ修道女会経営になる本園は「敵国人」による幼稚園として、現在の私どもには想像もつかない大きな試練にさらされたことでしょう。それを乗り越えるには、どんなに多くの涙と苦労、そして祈りと犠牲と献身が必要だったことでしょう。

 戦中・戦後の困難の中で、立派に幼稚園を支えて下さった方々に、大きな拍手と深い感謝をお捧げしたいと思います。

そして今、神様からゆだねられた私たちの使命に目ざめつつ、21世紀を担っていく子どもたちへの真の平和教育のために、命を捧げ尽くしたいと念じております。

 今後とも、皆さまのご指導とご協力を心からお願い申し上げます。

建学の精神

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